ドラクマ ~フランス編~

クマにとって2年ぶりのヨーロッパだった。ミュンヘンから毎夏のように日本へ帰省していたのだが、今やすっかり日本のクマになり、まるで違う心持で暮らしている。

オマがガンに罹り、化学治療を始めたと聞いたのが春先で、お祖母ちゃんっ子のドラは、猛獣学校の休みにすぐ飛んだ。その時は、すっかり弱っているという話だった。

実際会ってみると、確かにさらに痩せている。さすがに疲れもするらしい。ところがどうだ、この頑強ぶりは。朝は誰よりも早く起きて、イヌ等を率いて屋敷周りを散歩している。クマなんか、お天道様が高くなるまでハンモックでゆらゆら寛いでいるのだ。ドラだって、洞窟からもたもた出てくる頃には、オマが村のパン屋から帰っている。

朝っぱらからクロワッサンだが、仕方ない。ここはフランスだ。お腹が空いてなくとも、おもてなし受けねばなるまい。フランスにしろドイツにしろ食生活は、東洋の自然療法的見地からいって、ガンの療養には向いていない。人参ジュースと玄米など粗食にすべきところだろう。

驚異なのは、消化にエネルギーを費やす乳製品や肉類、甘いものなど、相変わらず好きなものばかり食している。食事療法なんて…どこ吹く風だ。オマ曰わく、ガンがエネルギーを奪うので、以前よりお腹が空くのだそうだ。クマは、久しぶりに濃厚なチーズを楽しんだが、腹五分辺りで止めておいた。

35°C 酷暑の南フランス、ここは山中で眺望よろしく、テラスや庭のテーブル、スイミングプール、裏の森など場所を移して、1日戸外で過ごしている。この暑さには参るわ、木陰のデッキチェアで読書しつつオマがつぶやく。日本の湿気と暑さに為すすべもないドラは、こちらのさらりとした暑さは楽勝で、クマは暑けりゃご機嫌だ。

化学療法のため、病院から迎えの車がやってきて、定刻に表に出ていなかった為、オマを置き去りに車はスタート。電話をしてもう一度車を来させる手配など、自分でやっている。看護師の来訪もあり、花柄のサマードレスを纏った綺麗な看護師さんが帰った後、彼女は4人子持ちで、夫が家事と育児をしているのよ、と教えてくれた。なにしてるのかと思えば、世間話なのだ。

ある昼下がり、グライダー乗りのワシが見舞いに飛んできた。クマとも旧知なので、一緒にお茶していると、自転車乗りの体格のいいのがヘルメットを被ったまま、庭を横切ってテーブルに加わった。おばばを囲んで2名のおじじ、クマはそっと席を外した。

いつもと変わらないオマの暮らしぶり。ただガンの治療をしてるだけである。思い煩い、悲嘆にくれ、病と戦い克服しようといった気配すら感じさせない。病を、病になった自分を否定していない。そのまんまで、暮らしを相変わらず楽しんでいるだけだ。病は気持ちから、か。

体中のガン転移がほとんどなくなった、と写真を見せてくれた。オマは化学療法の効果であると言ってから、シャーマンの手当てで鼻の転移が消えたので、お礼に彼のお気に入りのお酒を贈ることを打ち明けてくれた。この界隈では腕利きで評判のストリートに住む者らしい。

つづく。。。