ドラクマ ~龍神~

半島を南へ下って歩いていくと、昨夜の雪はほとんど溶けている。海峡を横切るように強風が西から吹きつけてくる。島へ渡る大橋を歩いていくには、あまりコンディションがよろしくない。歩道の脇には手すりがあって、その向こうは大海原がうねっている。ちょっと手すりに手をかけて横殴りの風に煽られたらドボンといきそうだ、と考えただけで恐ろしくなり足がすくむ。ここで気持ちを変え、大橋の上で大地と繋がっているつもりになり、前傾姿勢で足幅を広めにして進む。なんと橋の中央では道路工事中で、交通整理のおじさんから、気をつけるように言われ、逆に1日中吹きさらしのおじさんが心配になった。さらに向こうから自転車乗リがやってくる。今日は猛者ばかりに遭遇する。いや、ここは生活道路なのだった。

自転車と雪で思い出すのは、ドイツの森の暮らしである。雪上自転車走行を身につけた。雪質が締まっていて、標準タイヤが太くて溝が深いので、コツさえ掴めばちゃんと走れる。ほとんど誰も走っていないので、道が空いていて走りやすい。雪に埋もれると、車道も自転車レーンも歩道も好きなところを走っていた。新雪ではひたすら駆動し続けないと、車輪は転がらない。日陰の曲がり角で滑って転び、コーナーリングはハンドルを切ったり、車体を傾けてはいけないことを身を持って学んだ。

やっと橋の袂にきて、海面を見下ろして、今度はハワイの滝壺飛び込みを思い出した。どうもあの時より、高さがあるように見える。あの状況でも飛び込むまでに、相当の時間を費やしたのだ。飛び降りる放物線を思い描き、そこからまた飛び上がるところをイメージする。飛び上がることが可能ならば、飛び降りるのが恐くなくなる。何回も飛び込むとそのうち快感に変わってしまう。しかし、なにもここで飛び込まなくてもよいのだった。

そういえば、突然の雪に狂喜乱舞して、ドラは夜が更けてから、身仕度を整えて出かけて行った。ここは太平洋岸、雪が珍しい生活になった。雪に埋もれると、美しくも何か閉塞感があり、綺麗に孤独になれる。ここへ来てから解放されたような気分になっている。

島で一夜明かして、朝焼けの空に、龍神が渡っていた。