ノラの卒業クマも春休み

タコつぼ小動物学校の卒業式の保護者席では、長髪を後ろで束ねた浅黒いお父さんたちが、今朝の波は膝だったとかいう会話で和やかである。クマから見ると、年代がずっと若くて愛らしい保護者たちである。卒業生入場が始まると、中学校の制服を可愛くしたようなジャケットにスカートや着物に袴など、貸衣装に身を包んだ生徒が、ロボット歩きをしている。卒業証書授与では、左手右手左足右足という順番がきちんと決まった所作である。しばらく眺めていて、身体の動きに注意を払いかつ周囲との調和を図る鍛錬としては、もしかすると有効かもしれないとも思った。これは、常に、今ここに意識を集中しないとできない技である。グルジェフムーヴメントに通じている。卒業生の列の中でノラも至極当然のようにクソ真面目な顔つきをしている。式典というのはこういうものなのだろうか。。形から入るというのも確かに言える。しかしながら、美しい動きというにはほど遠い。例えば、ハートから手先へと繋がる腕という意識を持つと、動きが異なってくる。フェルデンクライスの実践である。

 

数年前、ドラが独式猛獣高校を卒業した折は、てんでバラバラな衣装の生徒が、舞台上でそれぞれのスタイルで歩き、証書を受け取ると教師と握手をして双方ニッコリとしていた。国民性である。そして、卒業生の置き土産は、机や椅子を積み上げ、テープでぐるぐる巻きにしたり、教室を思い思いに荒らしていくのである。卒業式の翌日は、在校生が荒らされた教室を片付けるのが、猛獣国の伝統であるらしい。

 

卒業したら春休みである。小動物から大型犬のように成長したノラは、K-pop BTS の曲を歌って踊る以外は、ほとんどごろごろして過ごしている。そして、友達に誘われるとショッピングに出かけるため、目の玉が飛び出るような金額のお小遣いを要求してくるようになった。ノラの社会勉強のために、クマの訪問手当サービスに一日同行させることにした。出入り時に挨拶することを条件に、一日で一枚お小遣いを渡す約束でついてきた。訪問先で、可愛いお客さんだと喜ばれお菓子をいただくなど歓迎され、無事に務めを果たして帰宅すると、修学旅行と同じくらい疲れたという。6年間で一番ハードな体験に匹敵したようだ。もうついて行かないそうである。一日一枚もらえるのに。。

 

ロバの介護とノラの面倒で、クマも春休みが取りたい限界に達している。そこでロバに老獣施設で短期宿泊をしてくるよう膝を詰めて説諭し、ついに承諾させた。よし、旅に出よう。ノラは連れて行くしかない。車にノラとおにぎりを山盛り、どこでも寝られるように布団も積んで港まで走った。車ごと舟に乗ってボーソー半島へ渡った。何の当てもない。新月のオーガニックマーケットが開催されるのだけを頼りに、件の古民家へ向かった。そこまで道案内をしてくれたのが、親切なパンダである。着いたら顔見知りのルンタがいてホッとして、美味しいレモンケーキに癒される。その晩は、野宿するには寒すぎ、そのまま古民家に宿泊させてもらうことになった。近くの山中の露天風呂に浸かり、立て込んでいる立ち飲み屋の奥座敷へ目を丸くしたノラと上がりこんで夕食を済ませた。

 

目を覚ますと、古民家の周辺は桃源郷であった。桜も桃も花盛り。谷あいの棚田の美しさ。山肌を踏みながら足裏でタケノコの頭に触れてほじくる作業に参加する。茹でたてをいただく。地元の民と都会からの移住者の接点を丁寧に繋げながら創られているコミュニティは、大地に根ざしている。さあ、お昼が済んだら、アートの森を訪ねよう。入り口にはかまどがあって、焼き立てパン屋さんになっている。アップルパイに魅了されるノラ。森のオーナーが、ぐるりと案内してくれて、森の中で動くアートの発想が湧く。今度はキャンプに来よう!

次なる目的地は半島南端、一路南へ走る。海を見晴らすリトリートハウスで一晩過ごすと翌日は雨。のんびりとカードを引くと、ゆとりと場所が生存に必要なのだという啓示が出る。ドライブと温泉でぼーっとする。港町に戻り、教えられた薫り高いカフェは白壁に太い梁で薪ストーブが燃えている。こんなところにこんなものが、である。そこを教えてくれたパンダとそこで再会する。なんか素敵な旅であった。

 

ノラはひたすらに食べさらに大型になって帰ってきた。ロバは予定時刻を早めて老獣施設から戻ってきた。三名で一緒にご飯を食べるの久しぶりだね、とノラが言った。